第4回 うつからの社会復帰を目指す
プロフィール
橋本さん(45歳)
居住地:東京都町田市
家族構成:妻(43歳)、長男(15歳)、長女(13歳)
※本ストーリーは、うつ病から社会復帰をされた方々へのインタビューを基に作成したものです。
※橋本さんは、うつ病経験者の方々へのインタビューを基に設定した架空の人物です。
社会復帰に向けて、情報収集をする

かなり回復してきた橋本さん。少し気力も出てきたので、何かをやってみたいと思えるようになっていました。
うつ病から社会復帰した人のブログなどを見ていくうちに、当事者会のサイトにたどり着き、一度参加してみることにしました。そこで、リワークや就労移行支援の話を聞き、自分も行ってみたいと思いました。
当事者会では同じような状況の人と話ができたのでかなり気持ちに余裕ができてきました。
就労移行支援に通う
就労移行支援に通うようになってからは、「予定がある」ことに自分が安心するようになりました。
予定があってそれをこなせている自分に、少しずつ自信が持てるようになり、家族にも安心してもらえてるんじゃないか、とどんどん前向きになっていく橋本さんでした。
再就職をする

社会復帰の目途が立ったころから、ハローワークで就職先を探すようになりました。
同じ業界での営業を再就職先として探していましたが、なかなか見つからず、就労移行支援のスタッフからのアドバイスもあり、中小企業の精密機械の事務職として再就職しました。
給与明細を見たときは、「社会に戻ってこれたんだな」ととてもうれしい気持ちになりました。
家族の負担も減らせるし、ますますがんばる橋本さん。
ただ、上司とはあまりいい関係ではなく、きつい言われ方をしたりなど、心臓がバクバクするようなことも続くようになりました。
「また元に戻ってしまうのかな」という不安で少し眠れなくなることもありました。「この仕事を失ったらまた逆戻りになるかも」と踏ん張ろうとするたびに眠れなくなる日々が増えていきました。
でも就労移行支援などを通じて、学んだことを思い出すことで「ま、ここがダメなら辞めればいいだけだしな」と思える自分もいました。
妻にそのことを話すと「辞めてもいいよ」といってくれました。その瞬間に気持ちが軽くなっていました。
うつの症状はまた出るかもしれない不安はありますが、それをうまくコントロールできる自信も出てきました。最近では就労移行支援の仲間と趣味のフットサルを楽しむなど、以前のようにアクティブさが戻ってきました。
そして、イヤな上司はいますが、今もそのままその会社で働いています。
お役立ち情報
体調が回復してきて、職場復帰や再就職の準備に利用ができる「リワーク(休職中で職場復帰を目指す方が対象)」と「就労移行支援(就職を目指す方が対象)」について参考となる記事をご紹介します。
また、同じ症状を抱えた人たちと悩みを分かち合ったり、病気や薬・利用できる制度などについて学ぶことができる「当事者会」についての記事です。
橋本さんのストーリーは、今回が最後となります。また別のストーリーを作成し、公開をさせていただく予定です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第3回後編 うつの治療をする
主人公のプロフィール
橋本さん(45歳)
居住地:東京都町田市
家族構成:妻(43歳)、長男(15歳)、長女(13歳)
※本ストーリーは、うつ病から社会復帰をされた方々へのインタビューを基に作成したものです。
※橋本さんは、うつ病経験者の方々へのインタビューを基に設定した架空の人物です。
退職をして、収入がなくなる

休職してから何度か上司や人事担当者と話し合いましたが、症状もよくならないこともあり、復帰を断念。橋本さんは長年働いていた会社を退職することになりました。
人事部から退職後の手続きについても、何か説明されたことだけは覚えていますが、内容についての記憶はありません。
たまたま妻が説明を聞いていてくれたことで、退職の手続きや健康保険の手続き、また失業保険の手続きなどが進んでいきましたが、当時の記憶はほとんどない橋本さんでした。
無職になってしまった橋本さんは、治療に専念し、少しずつ回復に向かっていきましたが、回復しているという実感はありませんでした。また、収入源がなくなってしまった為、生活のことが気になります。
いろいろな社会保障制度などがあるという話はネットなどで見て気づいてはいますが、難しくて理解できないため、何もしていません。
妻がパートに出るようになり、家族に負担をかけていることもあって、「死んだほうがいいのかな」と思うことも多くなりました。実際に行動には移しませんでしたが、日々そんな気持ちと闘いながら、治療を続けていく橋本さん。
別のクリニックを探す

通院はきちんと続けていましたが、ある日、医師から「これ以上、治しようがありません」と言われてしまいました。それを聞いた妻が別のクリニックを探してくれ、そこに通うことにしました。
新しい医師は「一緒に治していきましょう」と言ってくれたり、薬を増やすのではなく、逆に減らそうと調整してくれるなど、前の医師とはタイプの違う医師でした。医師とのやりとリの中で、橋本さんは自分が回復に向かっていると感じることができるようになりました。
お役立ち情報
今回は退職することになった時に、会社で行う手続きと、失業手当・健康保険・年金手続きのポイントについて、体系的にまとめられた記事をご紹介します。
体調によっては、手続きをすることが大きな負担となる可能性があるので、主人公の橋本さんのようにご家族によるサポートがあると助かると思います。
次回は「第4回 うつからの社会復帰を目指す」です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第3回前編 うつの治療をする

主人公のプロフィール
橋本さん(45歳)
居住地:東京都町田市
家族構成:妻(43歳)、長男(15歳)、長女(13歳)
※本ストーリーは、うつ病から社会復帰をされた方々へのインタビューを基に作成したものです。
※橋本さんは、うつ病経験者の方々へのインタビューを基に設定した架空の人物です。
うつの症状が悪化する
医師や人事の人からは「とにかく休んでください」と言われたものの、何をどう休んでいいのかわからず、戸惑う橋本さん。
ごろごろとベッドに臥せっている日々が続いたり、急に不安になって、復帰したときのために、会社に行くときと同じような時間に起きて活動をしようとスーツを着て駅まで歩いてみたり、ちぐはぐな行動をとることも多くなりました。
何もする気が起こらなくて、何日もお風呂に入らなかったり、スマホの電源をオフして誰とも接触しない日もあったりしました。
また治療が始まって薬が処方され、どんどんよくなると思っていましたが、逆にどんどん調子が悪くなっていきました。
不安を覚えた橋本さんは、次の診察は2週間後なのに3日後に診察を受けるなど、治らないことへの焦りを感じていました。
行くたびに薬も増え、そのこともさらに橋本さんを不安にさせました。そして次第に電車に乗ることがつらくなり、クリニックに通うことも大きな負担になっていました。
ある日、何とか病院に行かないと、という思いから歩いてクリニックに行ったこともありましたが、道を間違えて迷子になってしまい、もう二度と家に帰れないのではないかという恐怖を覚えました。
そんなことから、ついに外出できなくなってしまいました。
会社へ定期連絡をする
ずっと家にいることが多くなり、社会とのつながりが絶たれた橋本さんは「もう自分はダメだ」と思うようになりました。
ひと月ごとの会社へのメールでの定期連絡は妻にしてもらっていました。というのも、こんな状態の自分を会社の人に見られたくなかったからです。
家にいてもいろんな音がうるさく感じたり、部屋の明かりを消して寝室にこもったりしました。
以前、厳しく当たっていた部下を思い出し、自分が間違っていたのかもしれないと後悔したり、妻や2人の子供に対してもこんな状態で申し訳ない気持ちでいっぱいです。
妻は「大丈夫だよ」と励ましてくれますが、「大丈夫なわけがないじゃないか」と自分を責めていました。
お役立ち情報
うつ病で休職をすることになったとき、特に治療の初期は、症状が安定せず、どのように過ごしたらいいか、が難しいと思います。
診察の場面では、緊張したり、考えがまとまらず、医師に聞きたいことやお話したいことを、うまく伝えられないことがあると思います。
そんなときに、参考となる記事です。
●治療初期の過ごし方、休み方
お詫び
治療の初期の過ごし方、休み方について、出所が明確で十分な情報が掲載されている記事がみつかりませんでした・・・
主人公の橋本さんのように、僕も診断を受けて休職をし始めた時期は、どんなふうに休めばいいか分かりませんでした。
意識が朦朧として、ひたすら眠り続けたり、休んでいる状況に焦り、鉛を背負ったように重たい体を無理に起こして、仕事関係の本を読んだりして過ごしていました。
うつ病の過程によって、日常生活の過ごし方・休み方が変わってくると思うので、「過程に沿った過ごし方・休み方」について、自身で取材をすることを検討したいと思います。
次回は「第3回後編 うつの治療をする」です。
第0回 うつ病の経過に応じて、必要な情報を、わかりやすく

はじめに
皆さま、はじめまして。encourage運営事務局の林です。
僕はパニック障害、うつ病を経験し、再発を繰り返してきました。その過程で、休職や離職を何度も経験しました。
その後起業をして、現在はうつ病患者のご家族専用コミュニティサイトencourageを運営しています。
うつ病を発症してから回復するまでの過程では、「治療」「お金」「日常生活」「仕事」のことなど、たくさんの情報が必要です。
一方で、うつの症状がつらい中で、一度にたくさんのことを把握したり、専門的な情報を理解することが難しい現状があります。
今回の連載では、うつ病の経過に応じて、必要な情報を、わかりやすくお伝えしていきたいと思います。
うつ病に悩んでいる当事者や、そのご家族、周囲でサポートをする人たちに、ご自身の状況に合った情報を一つでも見つけていただけたら嬉しいです。
今回の連載について
全4回の連載となります。
架空の人物が、うつの症状に気づいてから、社会復帰を果たすまでのストーリーを通して、具体的な場面に応じた情報が得られるようになっています。
本ストーリーは、うつ病を経験し復帰をされた方々にインタビューをさせていただき、作成いたしました。(うつ病の方の復帰支援を行うリヴァ様、デザインコンサルティング会社のmct様と一緒に、作成をさせていただきました。)
各回、具体的な場面に応じて、必要な情報がわかりやすくまとめられた記事を紹介させていただきます。
第1回は「うつの症状に気付く」です。
第2回 診察を受ける、休職をする

主人公のプロフィール
橋本さん(45歳)
居住地:東京都
家族構成:妻(43歳)、長男(15歳)、長女(13歳)
※本ストーリーは、うつ病から社会復帰をされた方々へのインタビューを基に作成したものです。
※橋本さんは、うつ病経験者の方々へのインタビューを基に設定した架空の人物です。
心療内科に行く
近所の人に通院がバレるのがイヤだったので、自宅マンションから3駅離れたところにある心療内科クリニックに行くことにしました。ただし、予約できたのは1ヵ月後。
その間、だましだまし会社に通っていましたが、ますます症状がひどくなっていました。そして予約した当日、電車に乗ってクリニックに行きました。
うつの診断を受ける
待合室では知っている人がいたらどうしよう、とビクビクしていました。待っている間に問診票にチェックを入れていくと、ほとんどが当てはまり、「やっぱり自分はうつなのかな」と不安が広がっていきました。
そして診察室に呼ばれ、医師から問診を受け、「軽いうつですね」と言われました。まるで「風邪ですね」と言っているような医師の話し方に、なぜかホッとした橋本さん。
うつと診断されるとショックを受けると思っていましたが、「病名がわかったからこれで治療が始まるし、しっかり治療すれば、眠れないとか不安な気持ちもすぐによくなるに違いない」という気持ちになれました。
待合室にはたくさんの同じような患者さんがいたので、うつは意外と普通の病気なのかな、と思ったりもしました。
休職の手続きをする

うつと診断されたその日、医師から勧められて会社を休職することにしたため、そのことを上司に連絡。次の日、上司に付き添われて人事部に行きました。
そこで、人事の担当者から会社における休職の手続きや制度について説明を受け、書類を渡されました。
休職は最大半年間、休職中の給与は無し、退職金の年数に含まれない、半年間休む場合は賞与の査定対象外になる、傷病手当金は申請が必要なので確認する、休職中の連絡については強制ではないが月1回程度上司または人事部とやりとりしたい、等々。
しかし、橋本さんは実はこのやりとりをあまり覚えていません。説明を受けたような気がするくらいの記憶です。不眠や不安によってそれを理解するだけの気力がなかったのです。
そして翌日から休職に入りました。
お役立ち情報
医師の勧めで休職することになったとき、参考となる記事です。
次回は「第3回前編 うつの治療をする」です。
第1回 うつの症状に気づく

主人公のプロフィール
橋本さん(45歳)
居住地:東京都
家族構成:妻(43歳)、長男(15歳)、長女(13歳)
※本ストーリーは、うつ病から社会復帰をされた方々へのインタビューを基に作成したものです。
※橋本さんは、うつ病経験者の方々へのインタビューを基に設定した架空の人物です。
会社が合併する
橋本さんは、当時ITシステム会社の営業マネージャーとして働いていました。橋本さんは常に営業成績上位で、会社からは将来有望な人材の一人として期待されていました。
部下に対しては厳しく指導するスタイルで、時には声を荒げることもありましたが、面倒見もよかったので部下には慕われる存在でもありました。
そんな時、会社がグループ会社5社を1社に合併。様々な事業が統合されました。橋本さんは新会社でも営業マネージャーを任され、5人だった部下が10人に増えました。
病院に行く
ただ、合併されたばかりでルールも整備されておらず、現場では混乱が起きていました。今までと違う業務も増え、別の会社から配属された部下の指導もしなければならず、これまでは感じなかった気苦労も増えてきました。
でも、会社で大きな実績を上げてきた自分なら乗り越えられるはず、と自分を励まし続けました。
ただ、眠れなくなる日も増えてきたため、病院に行ってみましたが「どこも悪くない」と言われ、睡眠導入剤だけを処方されました。
仕事のやり方に、なかなか慣れないなと感じていた橋本さんは、何気なく親しい部下に「慣れるのは難しいよな?」と聞いてみたところ、「いや、僕はもう慣れましたよ」と言われ、とてもショックを受けました。もしかして未だに戸惑っているのは自分だけなのか、と取り残された気持ちになりました。
仕事に対する不安はどんどん大きくなり、不眠がひどくなっていきました。午前2時頃に目が覚めてしまうと、あとは悪いことばかりを考えてしまって朝まで眠れず、そのまま会社に行くという日々が続きました。
うつとの指摘を受け、医療機関を探す

ある日、妻から「テレビでうつの特集をやっていたんだけど、今のあなたの症状にそっくりだったわよ」と言われました。
橋本さん本人には自覚がありませんでしたし、病院に行くのには抵抗がありました。うつと診断されたら人生がダメになる、今まで評価されていた営業マネージャーの地位を失い、二度と重要な地位につかせてもらえなくなってしまうと思ったからです。
しかし不眠と倦怠感はどんどんひどくなっていて、何とかしてもらいたいという気持ちもあったため、ネットで心療内科を探し、行くことに決めました。
お役立ち情報
はじめて病院にかかるとき、「何科を受診すればいいか」を悩んだり、「治療費の負担が心配」になるかと思います。そんなとき、参考となる記事です。
次回は「第2回 診察を受ける、休職をする」です。